おちゃうけ

このブログはてぃーの個人的所感を雑多に記すだけのブログです。

私の父ちゃん

今週のお題「お父さん」

本ブログ初の記事はお題のお父さんです。

大好きな父ちゃん

 

「父ちゃん」

私は父のことを中学生くらいの時からそう読んでいる。それまでは父母共に「お父さん」「お母さん」だったのだが、思春期の私はなにを思ったか呼び方を変えた。

今では兄弟全員「父ちゃん」「母ちゃん」と呼んでいる。

 

私は5人兄弟の真ん中で唯一の女として産まれたため、父は私には甘かった。いや、現在も甘い。

父はおしゃれが好きな人で、周りの目が気になる人で、短気で、他人をあまり信用せず、友人が少なく、男尊女卑の精神をもつ古い人間で、身長が低く丸い腹をしていて、白髪を丁寧に抜き、息子たちにはやや疎まれ、妻とは仲がいい瞬間もあるが毎日喧嘩をし、酒を飲んで言ったことは記憶をなくすような人だ。

 

小さい頃は女のくせに胡座をかくなだとか「女のくせに」をよく多用された気がするし、ある時は幼い私に「女なんだから大学に行かなくていい。水商売でもして金を入れてくれ」と言われたことがあった。母が怒ったのでやけに記憶に残っている。実際には大学に行かせてもらったし一人暮らしすらさせてもらった。

もう長いこと「女のくせに」と言われた覚えがない。

父もいつのまにか価値観がアップデートされたのかもしれない。

 

高校生の時は私の通学方面と父の通勤方面が一緒だった(むしろ父の職場と高校は歩いてでも行ける距離だった)ため、毎日駅まで一緒に歩き、一緒に電車に乗っていた。たまに駅の売店で飴やキャラメルを買っては私に分け与えてくれた。下り方面の早い時間だったので大体隣に座って、寝る時は父に寄りかかって寝ていた。

ある私立大学の試験の日、終わった後父と焼肉に行った。帰りに私の好きなアニメのグッズを一緒にアニメイトへ行って買ってもらった。

この高校3年間は私と父の思い出の中で特別な気がする。

 

私は結婚し、子どもを産んだ。たまに実家に帰ると本当に嬉しそうに迎えてくれる。帰る時は本当に惜しそうにして涙さえ浮かべることもある。歳をとって涙腺が緩くなったとよく語る。

孫である私の子と遊ぶ姿を見ると遊んでもらった遠い昔を思い出す。

 

父ちゃんありがとう大好きだよ、まだまだ長生きしてほしい。あと何日会えるのか、一緒に過ごせるかわからないけど、少しでも多くの時間を一緒に過ごせるといいな。